104歳の祖母が

昨日 亡くなったと連絡がありました

104歳でした

大正2年生まれでした

一番の思い出は

娘が小学生の夏休みに帰郷した時に
祖母と娘が二人で温泉に行くことになり、温泉までは叔母が車で連れて行って
帰りは 二人で帰ってきたときのことです
それまでは 祖母は 叔母の車でしか行ったことがないので バスも電車もわからない
娘も知らない土地 (笑) バスを乗り継ぎ 電車を乗り継ぎ 帰ってきましたが
その時 祖母が 「こんこはえらいんよぉ 電車にもバスにものれるんよぉ」 と (笑)

さらにそのあと 夕食の時に お昼は 何食べたの? と聞くと
温泉の中の食堂で 蕎麦を食べた と娘・・
凍り付く食卓 (笑) 祖母は蕎麦がきらいで 蕎麦を食べたら色が黒くなるといってうどんしか食べなかったのに!
「可愛い可愛い美夏ちゃんが お蕎麦しかたべないっていうから いっしょにお蕎麦にして 生まれて初めて蕎麦食べた」って
嬉しそうでした ひ孫が見れて幸せだ と。

 

写真は そのころで 娘が撮りました。

104歳の祖母が” に対して1件のコメントがあります。

  1. こうこ より:

    嫌いな蕎麦を一緒に食べてくれたなんて、
    優しいおばあさんだったんですね。
    ご冥福をお祈りします

  2. ♪miitu より:

    長生きされましたね。
    戦前戦中戦後とご苦労された人生だったと思います。
    これからは天国で見守ってくれます。

    合掌

  3. HANA@ より:

    書き込みありがとうございます
    祖母は爵位のある家から山だけはいっぱいあるぞという実家に嫁いできました
    祖母の兄妹に結核の方がいたので嫁にでて金持ってこい だったらしいです (笑)
    男の子3人女の子2人の叔父叔母 プラス 早く結婚した長男の父といっしょに 
    私は末っ子のようにかわいがられました
    何か食べたいというと とにかくてんこ盛りでなんでも くれました
    私のわがままの原点は祖母だと言われていました (笑)
    自宅の庭を切り開いて (笑) さらに 国有地まで 薔薇を植えて大きなバラ園を作ってしまい
    おこられていた 祖母でした
    朝起きたらいない どこいったんかね というと 青森からリンゴが送られてきて 翌日は帝国ホテルの部屋の明かりが暗いから なんとかしてくれと 電話をかけてくるような祖母でした
    逸話はたくさんあって たくましい祖母でした
    嫁である母とは 仲良くなかったといわれていましたが
    母は 実家に同居時代に お茶お花和裁は たしなみ という祖母のおかけで
    お花は免許を持つまでになり 編み物もほとんどプロでしたから
    感謝することだったのかもしれません

    しかし 90過ぎてからは もっと早く楽になれたらいいのにと思っていました
    長寿もどうなんでしょうね